製作:2015年カナダ・イギリス
発売:松竹
生まれてから8回も生死の境をさまよう大事故に見舞われて来た少年ルイ。そして9回目の誕生日、今度はピクニック中に崖から転落し昏睡状態に陥ってしまう。その場にいたのは両親のみ。なぜ彼はこれほどまでに危険な事故に見舞われ続けるのか? 担当医のパスカルはルイの若く美しい母ナタリーに魅惑されつつもルイを救うため真相を探る。
煽り文句の入れ方が
B級映画風になってますが、これは完全にA級でありものすごく良く出来ている映画でした。「ルイの9番目の人生」という題名からは芸術的ヒューマンドラマのような雰囲気が感じられ、私が好むような映画とはかけ離れたムードが漂っています。
が、本作の監督はアレクサンドル・アジャ。かつてやりすぎなぐらいの人体破壊描写を連発して私の乾いた心にいくらかの潤いを与えてくれた名監督なのです。前作「ホーンズ」から脱スプラッターしてしまったようなのですが、スプラッターではメジャーになれないと感じてそうしているのでしょうか。スプラッター映画が踏み台にされているようで何となく面白くない。まあ「
ピラニア」でもう人体破壊描写はやり尽くしたということかもしれませんが。そんなアジャ監督の現在地はどこなのかを確かめてみることにしました。
(※以下ネタバレ)
本作は、なぜか何度も命の危機に陥ってしまうルイ少年の謎を巡るサスペンスということになっています。
なのですが、これは正直公式の紹介文を読んだだけでも何となく原因に察しがついてしまうし、序盤の展開ですぐにそれが確信に変わってしまいます。
赤ん坊のルイが寝ているベッドにシャンデリアが落下したり、コンセントにフォークを入れて感電したり、食中毒になったり、毒グモやハチに刺されたりと言った事故がダイジェスト的に語られるのですが、そんな不幸な彼の周りに常にいるのは両親だけ。
それなら原因は超常現象でなければ両親のどちらか、もしくはルイの自傷・自殺願望くらいしかない。しかし美しい母親を疑う者はおらず、一見不愛想な父親ばかりが怪しまれる。ミスリードとしてはわざとらしいぐらいあからさまでもう隠す気も感じられません。なので、意外な真相で驚かせるタイプのサスペンスではなく、一体どうしてそんな難儀なことになったのかを明かしていく過程をじっくり描き、真相が露見した時何が起こるのかをクライマックスに配置するという、やっぱりサスペンスというよりは繊細なヒューマンドラマのような映画であると思いました。
↑一瞬とはいえしっかり画面に映し出される毒グモやハチを見逃すわけにはいかない。
ラストで犯人視点による犯行の一部始終も映し出されるのですが、そこに毒グモやハチをけしかけるシーンが無かったのが不満です。他は全部あったのにそれだけ省略されてしまうとは…
まあ犯人と言いますが本気でルイを殺そうと思えばいつでも殺すことは出来たわけで、何だかんだ死に至るほどの害を与えられていないところに「ジャマだけど愛してもいる」という精神的歪みが感じられます。…と思ったのですが、真相は現実にもある精神病ということで、殺意までは無く、傷つけることが目的だったようです。どちらにしろ観ていて大変不愉快な人物であることには違いありませんが。見た目が良いだけで内面も美しいと勘違いしてしまう男達のなんと愚かなことか。ルイの祖母の言葉を借りて「メス犬」と罵りたくもなる。
↑そんな母ナタリーとは対照的に、DV夫みたいに扱われる父ピーター。
これは昏睡中のルイのイマジナリーフレンドとして現れる海藻をまとった不気味な怪物ですが、単なるホラー映画出身監督の遊び心的サービスかと思いきや、これが海に落とされて死んだ父親の成れの果てであり、ルイを真に愛していたのはピーターの方だったという結末はなかなかあざとく涙腺を刺激してきたなと感心しました。崖から飛び降りたのはルイ自身がナタリーの願望を叶えようとした結果であり、直接つき落とされたわけではない。自分は生きていてもいいのだということを昏睡中にピーターとの対話によって悟り、目を開ける。実に感動的な10番目の人生の幕開けです。
ルイ自身にはそうして救いがもたらされますが、
最後の最後でまた新たな恐怖の胎動が…
パスカル医師は今後どうなってしまうのか…
救われるべき人間はちゃんと救われ、そうでない人間にはまだまだ苦難が待っている。というようなオチの付け方が後味良く大変気が利いているなと感じました。
本作は何もかもが一流のクオリティだと思うし、とりたててけなすところなどもありませんが、根本的に観ていて楽しい内容かと言われるとそれほどでもないし、何よりアレクサンドル・アジャ監督ならではという個性があんまりない。というか別に他の人が撮っても良かったんじゃないかなと言う気がしてなりませんでした。引き出しを増やすのは良いことですが、一ファンとしては次回作はホラー系に回帰してくれることを願うばかりです。