製作:2017年ドイツ・オーストリア合作
発売:ギャガ
ウィーンでタクシードライバーとして働いている移民の女性エズゲ。
ある日猟奇殺人を目撃してしまい、犯人に狙われる羽目に陥る。
しかし前科持ちの移民であることを理由に警察も保護してくれず、そうこうしているうちに身代わりに従姉妹が殺されてしまう。
ムエタイの達人でもあるエズゲは怒りに燃え、逆に猟奇殺人鬼を追い詰めていく。
先に言っておきますと、本作は非常に出来が良く面白い映画でした。
単なる猟奇殺人サスペンスではなく、欧州における移民の問題や老人介護の苦労などの社会派系のテーマを練り込みつつ、派手なアクションも存分に盛り込まれた良作です。
そのうえなぜか主人公エズゲに「ムエタイの達人」などという珍しい属性を付加することで唯一無二の個性を作り上げていたりします。なんでまたムエタイなんだ。
「殺人現場を偶然目撃してしまったことから、犯人に狙われてしまう」
というネタ自体は大昔から使い古されたありがちなサスペンスに過ぎません。
しかし、そんな不幸な目に遭ってしまうか弱い女性が、実は
地上最強の立ち技格闘技と名高いムエタイを身に着けた猛者
だったらいったい何が起こってしまうのか?
まず本作、猟奇殺人を描かせたら右に出る国はないと私の中で大評判のドイツ製らしく
「皮を剥ぎ、口に高温の油を注ぐ」
という素晴らしく猟奇的すぎる手口を披露してくれます。
何をどうしたらそんなことしようと思うの?
ってぐらい残虐極まりない殺害方法ですが、一応監督のステファン・ルツォヴィツキーという人はオーストリア人らしいのでそこまでエグいシーンを直接画面に映すことはありませんでした。
とはいえ、そんなことをやってる殺人鬼が暗がりに佇む場面などはおぞましさ満点で素晴らしい恐怖感を演出してくれています。
一方、そんな激ヤバ殺人鬼に狙われてしまうエズゲは
それなりに美人なような気はしますが非常に無愛想であり、
移民であるせいで周囲にも疎まれ、両親との仲も険悪。
ジムへ行けば男性選手とスパーリングしてぶちのめしてしまう狂犬のような女性でした。
今回ばかりは「その女、凶暴につき」という煽り文句を入れられても仕方ないかもしれません。
傷だらけの体を鏡に映しながら、「…殺してやる」とつぶやくシーンが怨念に満ちていてめちゃくちゃ怖い。
まあ、そんなエズゲもジムでは
「ヒジとヒザは危険だから使うなと言ってるだろ!」
などと怒られてしまうシーンはかなり気の毒ではあります。
ムエタイにおいてヒジとヒザはメインウェポンですからね。
それを封じた上に男と戦えなどと言われても、そんなのただのイジメでしょう。
欧州人がアジアの文化に疎くて相互理解出来ていないがゆえの軋轢とも言えます。
↑エズゲ役のヴィオレッタ・シュラウロウという人は初めて知りましたが、女性にありがちな緩慢な動きを激しいカット割りでごまかすのではなく普通にかなり動ける人でした。スパーリングはともかく、実戦においてかぶりつくように激しいエルボーの連打をかましまくる攻撃は圧巻。
チンピラだろうと警官だろうと問答無用で失神KOもしくは血の海に沈む。
こっちはこっちで猟奇殺人鬼とは別の意味で戦慄に値する存在でした。
エズゲはそんな人間性もあって周囲に冷たくされてしまうわけですが、
貧困移民に対する扱いは基本こんなもんだよという問題提起を含んでいるのかと思いきや、タクシー会社の社長やこの事件の捜査担当刑事なんかが意外な優しさを見せてくれる場面もあったりといった微妙な感情表現が良いです。…ただ、その刑事が年老いた認知症の父親をトイレ介護する場面。それに続くシーンの意味が全然分かりませんでした。なんでトイレ介護を目撃したらああいう心境になったのか。エズゲの父親も意味深でしたし、本作は過度に説明せず行間を読むタイプの映画なので察しなければならんのでしょうけど、エズゲも基本無表情だしトイレ介護後のアレだけは全く察せませんでした。…単純に「優しいのね!ステキ!」って解釈でもいい?
まあそんな感じで濃厚な社会派系ストーリーに加えて
「猟奇殺人鬼vsムエタイの達人」
という異色のカードを楽しめるということで本作はかなりオススメです。
興味を持った人はぜひご覧ください。
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