製作:2017年アメリカ・カナダ
発売:ニューセレクト
浮気をしている夫の殺害を、殺し屋エルウッドに依頼したリラ。だがエルウッドは他に2人の男を巻き添えに殺してしまい、アラスカの静かな町に不穏な動揺が広がってゆく。モーテル“スウィート・バージニア”の経営者サムは、殺し屋にモーテルの一室を貸していることには、気づいていない。一方エルウッドは、リラが金を払うまでモーテルから出て行く気はない。だがリラは、死んだ夫が実は破産していたことを知り、途方に暮れていた。すべての歯車は狂いだし、やがて事件は凄惨なバイオレンスへと加速してゆく…。
(ニューセレクトHPより)
殺し屋に殺人を依頼して成功したはいいが、代金としてあてにしていた夫の遺産は存在しなかった。
という発端のサスペンス。
そんな無責任な依頼者のリラがドツボにはまってゆく主人公的存在なのであろう。と思って鑑賞したのですが、全然そんなことはなく、主役は一見事件とは無関係のモーテルの経営者サムの方でした。サムは元ロデオチャンピオンの有名人であるが、転倒しすぎて健康を害し、田舎で地味な生活を送っており幸せでもなく充実しているとも言えないような灰色の人生。そんなサムがこの事件に巻き込まれたことで、どう変化していくのか。そんなような人間ドラマを抑え気味の演出できめ細やかに描いている作品です。
とは言ったものの、普段からジャンクフードみたいな分かりやすい刺激に満ちた、悪く言えば低俗な作品ばかり観ている私のような人間からすると、ちょっと上品すぎる作風。邦題に「ヘル」とか入ってるが一体どこが地獄なのか? 原題は「sweet virginia」で、これはサムが経営するモーテルの名前。多分サムと殺し屋の出身地であるヴァージニア州への郷愁が込められているくらいの意味じゃないですかね。「甘い地獄」は無駄にインパクトありすぎかと。
派手なシーンといえば冒頭で殺し屋が3人の男を銃撃するところぐらいで、あとは淡々と田舎町の複雑な人間関係が綴られてゆきます。陰謀やどんでん返し的なものもなく、大してバイオレンスでもない。
サムがモーテルの従業員のバスケ試合を応援に行った後の語らいや、事件に巻き込まれて未亡人となった女性との付き合いなんかがやたら繊細でリアリティがあります。特に刺激的な事件が起きなくても盛り上がる場面がなくても退屈せずに楽しめるのはそういったディテールの積み重ねによってこれが現実にいそうな人々、現実に起こりそうな事件と感じられるからではないかと思います。登場人物に血が通った生活感がある。普段見ているジャンク映画との差がありすぎて、なんかそれだけで感動してしまいました。
粗暴でちょっとサイコな雰囲気の殺し屋の存在が緊張感を醸し出している部分もありますが、見た目は普通だし武器もただの拳銃だけで、特にこれといった特色はない。プロフェッショナルな奴なのかと思えば代金を後払いにしたせいで受け取ることが出来なくなり、滞在を長引かせて結果的に余計なリスクを背負うことになってしまう。気が短くて行き当たりばったりでちょっと間が抜けている。これも実際にいそうな人物像です。
ただ印象深いのは、彼がロデオファンでもあったことで、サムと少しだけ仲良くなったりするところです。悔しいのは私にはロデオの知識など全く無く、現代アメリカにおいてロデオがどのような位置づけの文化なのかということすらも全く分からないこと。本作のキモに近い部分であるだけにこれは痛かった。
転倒が多くて手が震えるようになったとか、ガタイは良いのにタチの悪い客と喧嘩になっても勝てないぐらい身体能力が衰えてしまった、という部分が非常に無念そうな表情で描かれており、ラストでサムが危機を乗り越えたことで、そこら辺が救済されたという風には見える。祖父の形見の銃を使い、その由来を殺し屋に説明済みだったことなどいちいち小技が利いているのが面白い。ですが、合間に挿入されるロデオシーンの意味するところが今一つピンと来ないため何か楽しみ切れてないようなもったいなさを感じてしまいました。まあ完全に自分側に原因があることなので仕方ありませんが。
まあそんな感じで日本人には難しい面もある気がしますが、演技も脚本も質が高いと思いますし、あらすじを見て興味を持った方であれば見ても損はないでしょう。