ふだんゴミ箱を漁ったりその辺の雑草を食んでいるような生活をしている私にとっては、
まるで高級レストランでフルコースを頂くに等しい超A級大作映画です。
130分もあるのでなかなか手を出せずにいましたが何とか休日に朝早く起き、やっと観ることが出来ました。
スティーブン・キングの原作小説は20年近く前に読んだきりで細部の記憶は既に遠い彼方ですが、当時原書にまで手を出すほどのキングフリークだった私にとっても「間違いなくキングの最高傑作である」と確信できる超大作でした。
しかし文庫にして4冊分もあるので、気軽に読み返すことも出来ません。
その長尺っぷりは同時に映像化を非常に困難なものにしていますが、以前テレビドラマ化された際はそこそこ悪くないクオリティでした。ただクライマックスにチープな巨大グモが出てきたせいであまり名作扱いは出来ない雰囲気になってましたが。
その辺の失敗を踏まえて作られたであろう本作はどんな出来になっていたのでしょうか。
舞台は1989年のデリーという田舎町で、そこには27年に1度、町民を大量にさらって喰らう化け物がいた。という話です。
この化け物は決まった姿を持っているわけではなく、対峙した者の抱く恐れを具現化して実体化します。それ以外の時はピエロの姿ですが、ふだんは大抵の人が怖がりそうな姿をとっている、ってことでしょうね。
実にB級臭い筋書きではありますが、そこは膨大かつ緻密なディテールの積み重ねでリアリティを演出し、癖の強い登場人物の心理描写を丁寧に描くことによってどうにか人喰いピエロの荒唐無稽さを中和しています。
いい年の大人がコレを観て怖がれ、と言っても無理な話です。
しかし、プロローグでいたいけな少年が無残に喰い殺されてしまいます。
あんな子供があれほどストレートにスプラッターな目に遭うシーンは初めて観たかもしれません。
この映画は子供ばっかり出てくるけど、私は子供でも容赦しないんだよ。という宣言をまずしておいたわけですね。
正直度肝を抜かれました。
そんな可哀相な少年の兄であるビルを中心に、7人の仲良し中学生グループがスタンドバイミー的に友情を深めつつ、人喰いピエロに立ち向かうわけです。
最も原作では40歳になったビルが、27年前にそういうことがあったなあと回想しながら再び仲間を集め、改めて人喰いピエロと対峙する。という話なんですが、さすがに130分の尺ではとてもそんなに描き切れない。
ということで本作はビルたちの少年時代のみに絞って映像化した「第1章」でした。
続編前提の映画だとは思わなんだ…。
「負け犬クラブ」の面々によるスタンドバイミー的なヒューマンドラマと、人喰いピエロ・ペニーワイズによる恐怖シーンが交互に積み重なっていく構成になっています。
が、正直お化け屋敷じみたドッキリを連発するペニーワイズよりも、負け犬クラブを目の敵にするイジメっ子ヘンリーの方がリアルに怖いです。
生肉を食わせようとしたり、ネコを銃で撃とうとするぐらい筋金の入ったキチガイ少年ですが、さすがに肥満体の文学少年ベンの腹にナイフで自分の名前を刻むシーンはドン引きしました。
イジメってレベルじゃねーぞ!もうサイコホラーだろこれ…。
原作では1958年なのでこんな傷害事件があっても闇に葬られそうですが、今だと全米ニュースになるぐらいの畜生行為ですね。
昔のアメリカではこんな狂犬が野放しになっていたと思うと震えますが、負け犬クラブの面々がヘンリーたちと投石合戦する場面では明るいロックなBGMで楽し気に演出されており、まるで「これも青春の一ページに過ぎないのさ」と言わんばかりです。ある意味頼もしいですね。腹の傷どうなった?
まあそんなヘンリー少年も親の虐待によって歪んでしまった結果なのですが。負け犬クラブの紅一点ベバリーも父親に性的虐待を受けています。陰湿な人間を描かせたらメイン州随一の筆力を誇るキングだけにこれは結構胸糞悪くなります。
親にもキチガイにもクラスメイトにもいじめられ、そのうえ人喰いピエロにも狙われるんだからたまりませんね。なんでそんな総攻撃を受けねばならないのか。
環境に恵まれない人間が汚物まみれで地べたを這いずりながらそれでも強大な敵に立ち向かう、実にスティーブン・キングらしい人間賛歌です。
少年時代のみに絞ったとはいえ、負け犬クラブ7人のうちマイク少年とスタンリー少年については他の面々と違って明らかに描写が足りておらず感情移入できない、ペニーワイズが出てくるシーンは子供からの視点でしか見えていないためあまり深刻に感じられない、等どうしても映画化する以上無理な点が生じてはいますが、それでも「IT」の映像化としてはこれ以上はちょっと想像できないぐらいの素晴らしい出来でした。
原作小説のファンであれば観てほしいし、未読の人は映画版鑑賞後に原作も読んで補完していただきたいですね。